研究TOPICS  - 顔 - 生命理工学研究科より

Vol.3  粂 昭苑 教授 

生命情報専攻 / 生命科学科 生命情報コース

発生と再生~原理探求と医療応用をめざして

粂昭苑教授2014年12月に着任しました。前任地の熊本大学発生医学研究所で初めて研究室を構えたのが13年前でした。マウス及びヒト多能性幹細胞である胚性(ES)幹細胞、人工多能性幹(iPS)細胞を用いて、消化器官である膵臓、肝臓、腸の細胞を分化誘導する実験系を構築してきました。この研究を始めた当初は、ES細胞を使った研究といえば、キメラマウスなど個体作成でしたが、ヒトES細胞株の樹立により、試験管内分化誘導研究が試みられ始めました。さらにその後のiPS細胞の作成法の発見により、あっという間に臨床応用まで発展し、再生医療への応用がクローズアップされています。
自分は薬学出身であり、大学院生時代からポスドク時代にかけてアフリカツメガエルの初期発生研究を10年間行なった者です。発生生物学を研究してきたものとして、その基礎にある生物の形づくり・機能獲得のための分子メカニズムの探求が重要です。また、幹細胞システムによって組織のホメオスタシスが維持されている機構解明について研究を行なっていきたい。その基盤の上に創薬、再生医療研究への展開があります。今後は、基礎研究を大事にしつつ、研究を推進していきたいと思います。
自分にとって研究は楽しいものです。生物(細胞)の毎日の違いを見つけられるかどうか、観察の大事さも合わせて、学生に伝えていきたい。


成果紹介

VMAT2 identified as a regulator of late-stage β-cell differentiation
(Nat Chem Biol, 10, 141-148, 2013)

膵臓β細胞は血液中のグルコース糖の濃度を正常に維持するために必要なインスリンを産生分泌しています。重篤な糖尿病では、インスリンが作れなくなり、血糖コントロールが困難な状況に陥ってしまい、移植医療が必要になりますが、ドナー不足が大きな問題点となっており、その解決には、多能性幹細胞を用いた再生医療が期待されています。

哺乳類の発生において、膵臓は胚性内胚葉、膵前駆細胞、内分泌前駆細胞を経てインスリンを産生するβ細胞へ分化します。従来の ES・iPS細胞の培養手法は、膵臓の自然な発生過程で使われている液性因子を試験管内で連続的な添加によってPdx1陽性の膵前駆細胞まで高い効率で分化誘導することを可能になった。しかし、分化機構が分からない場合では、この手法ではうまく行かない。

本研究では、細胞内の未知なシグナルを活性化あるいは不活性化させる低分子化合物を見つけることで、膵臓β細胞への分化促進を狙った。もし分化促進化合物が見つかれば、分化に関わるシグナル分子を突き止めること、さらに化合物を利用して分化細胞を得ることができる。本研究において、マウスES細胞から膵前駆細胞を誘導した後、1,120の低分子化合物の中から小胞型モノアミントランスポーターの1つ VMAT2の阻害剤が膵前駆細胞から内分泌前駆細胞への分化を促進する効果があることを見出した。モノアミンはβ細胞の分化を阻害する作用があることから、VMAT2は発生過程で細胞内のモノアミン量の調節を介して、β細胞数を制御する役割を担っていると考えられます。実際、膵臓の発生過程においてもモノアミンにより分化が調節されていることを明らかにした。さらに、cAMPによりβ細胞の成熟化が促進され、グルコース濃度に応じたインスリン分泌能をもったβ細胞が得られることを見出した。上記の 2つの低分子化合物(VMAT2阻害剤およびcAMP)をES細胞に作用させることにより、成体膵島に近いインスリン含量と高グルコース濃度に応じたインスリン分泌能をもった膵β細胞を作製でき、糖尿病モデルマウスの高血糖を正常化できた。VMAT2-モノアミンシグナルおよびcAMPシグナルによって制御される分子の解明と、ヒトiPS細胞から膵β細胞の作製に、今回得られた情報をいかに応用していくかが今後の課題である。


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